「車、出せる人〜?」
そう聞かれるたびに、うつむくしかありませんでした。
私は、ペーパードライバー。
免許は持っているけれど、実質的には“運転できない人”です。
誰かが責めたわけじゃない。
でも、「ごめんね」「申し訳ない」という気持ちが、だんだん「肩身の狭さ」に変わっていきました。
この記事では、そんな私が劣等感を感じた瞬間と、少しずつ気持ちが楽になっていった過程を綴っています。
今、同じように悩んでいる誰かの心が、少しでもほどけますように。

ペーパードライバーの私が「肩身が狭い」と感じた3つの瞬間
え、乗せてもらえないの?と断られた送迎
「もしよかったら、帰りに一緒に乗せてもらえる?」
そう聞いたママは、少し戸惑った顔で「ごめん、うち定員ギリギリなんだ」と返しました。
本当にいっぱいだったのかもしれない。でも、頼んだ自分が厚かましかったのかなと、自分を責める気持ちが残りました。
それ以来、乗せてほしいなんてもう言えなくなったんです。
園外遠足の「現地集合」で、私だけが電車移動
みんなは車でスッと集合。私は子どもを連れて、汗だくで坂道を登って…やっと到着。
でも、他のママたちはすでに輪になって話していて、「遅れてきた人」「距離のある人」みたいな気まずさを感じてしまいました。
それは、ほんの一瞬のことかもしれない。だけど、自分だけが違う世界の住人のように思えて、つらかったんです。
「うちのクルマがさ〜」で始まる会話に入れない
車種や駐車場の話で盛り上がるママ友たち。
「SUVがね〜」「あそこの駐車場は出しにくいよね〜」
私はただ笑ってうなずくだけ。
同じ場所にいるのに、自分だけが遠くにいるような孤独感がありました。
運転できない私が、感じていた劣等感の正体
「車がある」「運転できる」それが“できて当然”の空気になっている場では、
「できない自分=足手まとい」と思い込みやすくなります。
「気にしすぎ」と言われても、その言葉すら自分を否定されているように感じてしまう。
気にしている自分を、恥ずかしいと感じることで、ますます肩身が狭くなる──そんな悪循環でした。
私が試して、少しずつ楽になれた3つのこと
車以外の役割を“自分から”引き受ける
ある日、資料作りが苦手そうなママに「印刷とか得意だからやるよ」と伝えてみたんです。
すると、「助かる〜!」と笑顔が返ってきて……その瞬間、「ここにいていいんだ」と思えました。
「送迎は難しいけど、準備ならやるよ」と自分から言うようになって、
できないことではなく、できることに目を向けられるようになった気がします。
「気にしてるんだよね」と正直に伝える
ある日、ふと「車出せないのがずっと引け目でさ……」と口にした私に、ママ友は驚いてこう言いました。
「そんなふうに思ってたの?全然気にしてなかったよ」
その一言に、なぜか涙が出そうになって。
「気にしてる」と言葉にできたことで、少しずつモヤモヤが溶けていく感覚がありました。
信頼できる相手に打ち明けることで、気持ちは確実に軽くなります。
誰かに話してみる──それだけで違う
地域の子育て相談で、スタッフさんに「その気持ち、よくわかりますよ」と言われたとき、
涙が止まらなくなったのを覚えています。
「こんなことで悩んでるなんて情けない」と自分を責めていたけれど、
誰かに“否定されずに話せた”ことが、何よりの救いでした。
それでも、肩身が狭く感じてしまうあなたへ
運転できない自分に、価値がないような気がしていた──
でも今なら、それは思い込みだったと、胸を張って言えます。
運転ができなくても、あなたの優しさや気配り、話を聞く力は、ちゃんと誰かを支えています。
私がそうだったように、心がほどける瞬間は、必ず訪れます。
無理して車を出す必要も、ママ友に合わせすぎる必要もありません。
そのままのあなたを大切にしてくれる人が、きっとそばにいます。