ある日、園の送り迎えのあとに何人かで立ち話をしていたときのこと。
ふとした会話の流れで、あるママがこう言った。
「〇〇ちゃんのパパって、ほんと理想的だよね。優しいし、お迎えにも来てるし、お仕事も大手なんでしょ?」
その瞬間、胸がチクリと痛んだ。

比べたくないのに、勝手に比べてしまう
家庭の幸せは外からはわからないはずなのに
誰かの家庭のことを、表面的な情報だけで羨ましいと思ってしまう。
「家族円満」「理想の夫」…そんな言葉が勝手に頭の中に浮かんで、うちとは違うと落ち込んでしまう。
うちの夫は優しいけど、子どものお迎えには一度も来たことがない。
大企業でもないし、残業ばかりで帰りはいつも遅い。
比べるつもりなんてなかった。なのに気づいたら、比べて傷ついていた。
自分が恥ずかしく感じてしまう感情
「羨ましい」と思った自分に罪悪感が湧いた。
心の中で他人の旦那さんを持ち上げて、自分の家庭を下げてしまうような思考。
そんな自分が、なんだか惨めで、恥ずかしかった。
でも……それでも、本当にあった感情だった。
見えない“旦那マウント”に疲れていた
「素敵な旦那さんですね」と言い合う空気
あるママは、夫の話をするたびに明るく話していた。
「昨日、夫が子どもの寝かしつけしてくれて〜」
「こないだ、夫が休み取ってくれて…」
もちろん、それが嫌なわけじゃない。
でも、ふとした拍子に「うちは全然違う…」と思ってしまって、疎外感のようなものがこみ上げてくる。
旦那の話になると、自分の存在まで揺らいだ
「いい旦那さん=いい家庭」みたいな空気に飲まれて、
まるで自分の価値まで薄れてしまったかのような気持ちになった。
でも、それって本当に正しい見方なんだろうか?
心の声に耳を傾けて、見えてきたこと
「うちの人も、頑張ってるよね」
夜遅くまで働いて、休みの日には子どもと遊んでくれる。
不器用だけど、一生懸命やってくれている。
それって、誰かに自慢できるようなことじゃないかもしれないけど、私にとっては十分ありがたいことだった。
見せびらかすような愛情じゃない。だけど、ちゃんとそこにある。
比べる相手は、他のママ友じゃなくて「昨日の自分」
少しだけ視点を変えてみる。
「〇〇さんの旦那さん、素敵だな」って思っても、そこで終わらせる。
「じゃあうちは?」と問い直したとき、感謝が浮かんだ。
そんな自分を、ちょっとだけ誇らしく感じられた。
まとめ:「羨ましい」気持ちは、悪くない
誰かの話を聞いて「いいなぁ」と思うこと。
それはごく自然なこと。
でも、そのあと自分を責めるのはやめよう。
羨ましい気持ちは、自分にとって大切な価値に気づかせてくれる感情だから。
比べて苦しくなったときは、一度深呼吸。
——目の前にある自分の家庭に、ゆっくり目を向けてみて。
誰かの幸せに影響されすぎず、自分たちだけのペースで歩いていけますように。